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「ぞっこん」にならない方が結婚生活がうまくいく理由

「彼女に夢中で、何もかも彼女優先」そんな彼氏と結婚したら、きっと幸せになれる。多くの人がそう信じています。でも実際に結婚生活を送ってみると、意外な現実が見えてくることがあるんです。

今日お話しするのは、あえて「ぞっこん」にならなかった人たち、適度な距離感を保ちながら愛し合うことを選んだカップルの物語です。彼らの選択は、一見すると冷たく感じるかもしれません。でも結果として、より深く、より持続可能な幸せを手に入れているのです。

熱狂を避けた冷静な愛の形

「ぞっこん」という状態には、実は危うさが潜んでいます。相手を理想化しすぎて、現実が見えなくなってしまう。自分の人生の全てを相手中心に回してしまい、自分自身を失ってしまう。そんなリスクがあるのです。

結婚8年目を迎えた夫婦の話をしましょう。彼らは交際中から、お互いに「ほどほど」を大切にしていました。週に何度かは必ず一人の時間を持つ。相手のことは大切だけれど、自分の趣味や友人関係も同じくらい大切にする。

周りの友人からは「冷たいんじゃない?」「もっと情熱的な方がいいんじゃない?」と言われることもあったそうです。でも彼らは自分たちのペースを崩しませんでした。

結婚してからも、その姿勢は変わっていません。夫は週末に友人とゴルフに行き、妻は月に一度、友人との旅行を楽しみます。お互いの時間を尊重し、束縛することはありません。

不思議なことに、この距離感があるからこそ、二人は常に新鮮な気持ちでいられるといいます。「会えない時間があるから、また会いたくなる。一緒にいない時間に経験したことを話し合うのが楽しい」と妻は言います。

これが「ぞっこん」とは違う、成熟した愛の形なのです。相手に依存するのではなく、お互いが自立した個人として尊重し合う。だからこそ長く続く関係が築けるのです。

なぜ適度な距離感が効果的なのか

「ぞっこん」な状態というのは、実は非常にエネルギーを消費します。常に相手のことを考え、相手を喜ばせることに全神経を注ぐ。それは交際中の短期間なら可能かもしれませんが、結婚生活という長い時間の中で維持するのは困難です。

人間には、自分だけの時間が必要です。考える時間、趣味に没頭する時間、友人と語り合う時間。そうした時間があってこそ、人は心の健康を保ち、成長し続けることができます。

「ぞっこん」な関係では、こうした個人の時間が犠牲になりがちです。常に相手と一緒にいたい、相手の全てを知りたい、相手に全てを捧げたい。そんな気持ちが、じわじわと自分自身を侵食していくのです。

結婚10年目の夫婦は、まさにこの罠に気づいた人たちです。夫は妻にぞっこんで、結婚当初は仕事以外の時間は全て妻と過ごしていました。でもある日、妻が言ったのです。「あなたは私のことしか考えていないように見える。それって、実は重いの」

夫は最初、その言葉が理解できませんでした。愛しているからこそ、全てを捧げているのに。でも妻の言葉の意味が、徐々に分かってきたのです。

相手に全てを捧げるということは、裏を返せば、相手に全てを期待しているということ。自分の人生の全ての幸せを、相手に依存しているということ。それは相手にとって、大きなプレッシャーなのです。

夫は考え方を変えました。妻を愛しているけれど、自分の人生も大切にする。趣味を再開し、友人との付き合いも復活させました。すると不思議なことに、夫婦の会話がより豊かになったのです。

お互いが別々の経験を持ち寄り、それを共有する。そこに新しい発見があり、相手への新たな興味が生まれる。「ぞっこん」で密着していた時よりも、適度な距離を保つようになってからの方が、二人の関係は深まったといいます。

理想化しないことの強さ

「ぞっこん」な状態のもう一つの危険は、相手を理想化してしまうことです。相手の良い面だけを見て、完璧な存在だと思い込んでしまう。でもそれは、いつか必ず崩れる幻想なのです。

結婚5年目の妻は、夫のことを「普通の人」として見ることを意識的に選んだと言います。夫は誠実で優しい人ですが、完璧ではありません。朝は機嫌が悪いし、片付けは苦手だし、時々自己中心的になることもあります。

多くの人は、こうした相手の欠点を発見すると失望します。「こんな人だと思わなかった」と。でも彼女は最初から、夫を理想化しませんでした。良いところも悪いところも含めて、一人の人間として見ていたのです。

だから結婚後に夫の欠点が見えても、失望することはありませんでした。むしろ「やっぱりそうだよね」と受け入れることができました。そして大切なのは、夫も妻のことを同じように見ていたことです。

二人は最初から、お互いを「普通の人」として認識していました。だからこそ、現実的な期待を持つことができたのです。相手が全てを満たしてくれるとは思わない。完璧である必要もない。それでも一緒にいたいと思える。それが、彼らの愛の形でした。

この姿勢が、長期的には非常に強固な関係を生むのです。なぜなら、幻滅することがないから。最初から現実を見ているから、現実に直面しても動揺しないのです。

自立が生む魅力の持続

「ぞっこん」な関係のもう一つの問題は、自己成長が止まってしまうことです。相手に依存し、相手の世界の中だけで生きるようになると、新しい経験や学びが減ってしまいます。

結婚15年を迎えた夫婦は、お互いのキャリアを最優先にすることを結婚当初から決めていました。妻は医師として忙しく働き、夫も起業家として多忙な日々を送っています。

二人が顔を合わせるのは、週のうち半分もありません。でも会った時の会話は、いつも刺激的だといいます。お互いが別々の世界で成長し、学び、経験したことを共有する。その時間が、二人にとって何よりも価値あるものなのです。

もし夫が妻に「ぞっこん」で、妻の全ての時間を求めていたらどうでしょう。妻のキャリアは犠牲になっていたかもしれません。そして妻は、自己実現の機会を失い、徐々に不満を募らせていたでしょう。

逆に、お互いの自立を尊重したからこそ、二人は成長し続けることができました。そして成長する人は、常に魅力的です。停滞している人よりも、進化し続ける人の方が、パートナーとして刺激的なのです。

妻は言います。「夫を見ていて、いつも新しい発見がある。昨日の夫と今日の夫は、少し違う。それが面白いし、尊敬できる」

この感覚は、「ぞっこん」な関係では得られないものです。相手を固定的に見てしまい、変化や成長に気づかなくなるからです。でも適度な距離があると、相手の変化が見えます。そして常に新鮮な気持ちでいられるのです。

対等な関係性が生む安定

「ぞっこん」な関係には、どうしても上下関係が生まれます。愛する側と愛される側。与える側と受け取る側。この不均衡が、長期的には関係を不安定にするのです。

結婚7年目の夫婦は、最初から完全な対等関係を築くことを意識していました。どちらか一方が相手に「ぞっこん」になることを避け、お互いが同じくらいの温度で愛し合うことを選んだのです。

具体的には、家事も育児も経済的負担も、きっちり半分ずつ。決定事項も必ず二人で話し合って決める。どちらか一方の意見が優先されることはありません。

友人からは「計算高すぎる」「もっと感情的になってもいいんじゃない?」と言われたこともあります。でも彼らには明確な理由がありました。不均衡な関係は、いつか必ず崩れると考えていたのです。

実際、彼らの周りで「ぞっこん」な関係から始まった夫婦の多くが、数年後に問題を抱えていました。最初は与えることに喜びを感じていた側が、徐々に不満を溜め込んでいく。「こんなに尽くしているのに、相手は当たり前だと思っている」と。

一方、愛される側も、最初は幸せを感じていても、徐々に息苦しさを感じ始めます。「自分は何もしていない。この関係は対等じゃない」という罪悪感が生まれるのです。

でも最初から対等な関係を築いていれば、こうした問題は起こりません。お互いが同じだけ貢献し、同じだけ受け取る。この公平さが、長期的な安定をもたらすのです。

夫は言います。「妻に『ぞっこん』になることは簡単だったと思う。でもそれは長続きしない。僕たちは、一時的な熱狂よりも、一生続く安定を選んだんだ」

問題を直視する現実主義

「ぞっこん」な状態にあると、相手の問題点や関係の課題を見て見ぬふりしがちです。「愛があれば乗り越えられる」と思い込んでしまうのです。

でも結婚生活には、現実的な問題がたくさんあります。お金のこと、仕事のこと、育児のこと、親戚との関係。こうした問題を、感情論だけで乗り越えることはできません。

結婚12年目の夫婦は、交際中から徹底的に現実的でした。結婚前に、お金の使い方、仕事とプライベートのバランス、子どもを持つかどうか、親の介護をどうするかなど、あらゆる現実的な問題について話し合ったのです。

周りからは「ロマンがない」「もっと夢を見てもいいんじゃない?」と言われました。でも彼らは冷静でした。「結婚は現実です。感情だけで決めるものじゃない」と。

この姿勢が、結婚後に大きな意味を持つようになりました。予想していた問題が実際に起きた時、彼らは慌てることなく対処できたのです。すでに話し合い、対策を考えていたからです。

一方、「ぞっこん」な状態で結婚した友人たちは、現実の問題に直面した時にパニックになっていました。「こんなはずじゃなかった」と。でも「こんなはず」という幻想を最初から持たなければ、失望することもないのです。

妻は言います。「私たちは夫婦というより、人生のパートナーです。お互いを助け合い、問題を一緒に解決していく。そこに過度な感情は必要ないんです」

感情の波を避けた安定感

恋愛における「ぞっこん」な状態は、感情の波が激しいものです。会えば最高に幸せ、会えなければ不安で仕方ない。このジェットコースターのような感情の起伏は、刺激的ではありますが、消耗するものでもあります。

結婚6年目の夫婦は、最初から感情の波を最小限に抑えることを意識していました。過度に喜びすぎず、過度に悲しみすぎず、常に穏やかな状態を保つ。

これは感情を抑圧することとは違います。感じることは感じる。でもそれに振り回されないのです。相手に会えなくても不安にならない。些細なことで傷つかない。安定した精神状態を保つことができるのです。

この安定感が、日常生活にどれほど大切か。仕事のストレス、育児の疲れ、お金の心配。人生には様々な負担があります。その上、恋愛関係で感情の波に翻弄されていたら、心が持ちません。

夫は言います。「妻との関係は、僕にとって安らぎの場所なんです。刺激的である必要はない。ただ、帰れば落ち着ける場所。それが家庭だと思っています」

この「落ち着き」こそが、長期的な関係において最も価値あるものなのかもしれません。ドキドキやワクワクは、いつか必ず色褪せます。でも安心感と信頼感は、年月とともに深まっていくのです。

尊敬に基づく愛の持続性

「ぞっこん」という感情には、時として盲目的な要素があります。相手の全てが素晴らしく見え、批判的な目を失ってしまう。でもそれは健全な関係とは言えません。

結婚9年目の妻は、夫のことを「愛している」と同時に「尊敬している」と言います。この二つは似ているようで、実は大きく違います。

愛は感情的なもので、理由がなくても存在します。でも尊敬は、相手の行動や人格に基づく理性的な評価です。そして尊敬は、愛よりもずっと持続的なのです。

彼女は夫に「ぞっこん」ではありません。夫の欠点も、弱点も、全て見えています。でも同時に、夫の誠実さ、努力する姿勢、責任感の強さを深く尊敬しています。

だから夫が失敗しても、魅力を失うことはありません。むしろ、困難に立ち向かう姿を見て、尊敬の念が深まるのです。これが「ぞっこん」とは全く違う、成熟した愛の形なのです。

夫も同じように妻を見ています。妻の美しさやかわいらしさではなく、仕事への姿勢、子どもへの接し方、困難に対する強さを評価しています。だから年齢を重ねても、お互いへの愛情が衰えることはないのです。

彼らは言います。「ぞっこんは一時的なものです。でも尊敬は、相手が成長し続ける限り、永遠に続きます」

個人の幸せが夫婦の幸せを作る

「ぞっこん」な関係では、相手の幸せが自分の幸せになります。一見美しい話に聞こえますが、実は危険な考え方でもあります。なぜなら、自分の幸せを相手に依存させてしまうからです。

結婚11年目の夫婦は、真逆の考え方を持っています。まず自分が幸せであること。そして幸せな自分が、相手と幸せを共有する。この順番が大切だと言うのです。

妻は自分の趣味に時間を使い、友人との関係を大切にし、キャリアにも真剣に取り組んでいます。夫も同様です。二人とも、相手がいなくても幸せでいられる状態を維持しています。

そして二人が一緒にいる時間は、それぞれの幸せを持ち寄る時間なのです。「今日こんなことがあって楽しかった」「この本を読んで面白かった」「友人とこんな話をした」。

このように、個々の幸せが集まって、夫婦の幸せが作られる。これが健全な関係なのです。一方、相手に依存した幸せは、相手の機嫌や状態に左右されてしまいます。それは不安定で、長続きしません。

夫は言います。「妻が僕以外のことで幸せそうにしているのを見ると、嬉しくなるんです。それは妻の人生が充実している証拠だから。そして充実した人生を送っている妻と一緒にいられることが、僕の幸せなんです」

この考え方こそが、長期的な幸せを可能にするのです。

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